書評:猫がメディアを支配する

それくらい話題性は強い

猫記事が世の中を占領してしまう!っていう話では無いです。

重要で重いニュース(政治、経済)などよりも、話題性があって閲覧されやすい記事が現代においては広がりやすい、っていう内容。

新聞記者を経験されて現在ネットメディアの編集長をされている著者が、現代の情報媒体に警告しています。

 

PV至上主義による、話題性重視の記事

これはどのネット媒体見ても思ってしまうことです。

広告収入を得るために閲覧数を稼ぐ事が正義になっている現状。

緻密に裏取り取材をして書かれた記事よりも、その辺から切り取ってきたような画像やネタを貼り付けた記事の方が簡単に作れてしまう。

そのくせ、話題性閲覧数だけを見てしまえば圧倒的に強いのは後者でして。

実績のある報道機関ですら話題性重視で記事を書いている時もありますので、これは現代においてなるべくしてなってしまったという流れなのか。

信憑性の無い記事

それに伴って増加してしまったのは、事実確認をしないままや、いい加減な噂などの記事。

某企業のキュレーションサイト問題や、TwitterなどのSNSから発信された情報が目につきます。

裏取りをしないまま、不確定情報を流す。

報道機関であれば事実確認は必須ですが、閲覧数稼ぎをする側からするとそんな事はあってないようなもので。

そして話題性が強い内容なので利用者側も拡散してしまい、「閲覧数リツイート数が多いから信憑性ありそう」の様な謎の根拠まで生まれてしまっている現状です。

報道機関とSNS

いくらSNSが普及して一般人も報道のまねごとが出来るからと言っても、記事の品質では敵うはずも無く。
報道機関には引き継がれる技術や報道網など、後ろ盾にある存在が大きすぎます。
信憑性を求められる記事の場合においては、報道機関が作るものがどれだけ大切なのか。

ただSNS自体も悪いわけでは無く、速報性によっての力が震災時の救助要請などに利用された例を見ると有用な発信源になっていました。

極論言ってしまえば、利用者の目が真実を見抜けるかどうかに限ってしまうと言うこと何でしょうけれど。
フェイクニュースであれ、真実であれ、一拍おいて内容を確認する習慣が求められるのでは。

これからするべき事

では自分はどうするべきなのかと。
報道機関でも情報拡散する人物でもないので、あくまで消費者としての立場しか出来ない。
いま書いているこのブログには、そんな一個人としての意見をまとめてみる事を増やそうと。

この本を読むまで、まさにネットニュースの軽い記事ばかり読んでいたので、身に染みる内容でもあった。
まずは自分で考え情報を得ていく事がこれからに繋がるのだと。

ともなって、漠然と広告収益以外の存在が現れたらどうなるのだろうと思った。
閲覧数稼ぎで収入があるから、現状の不安定な記事の乱立があるのならば、それ以外の収益が生まれるのならば…。
現状投げ銭が広まってきているけれど、それ自体も閲覧数が無ければ成り立たないわけだし、難しいか。